キャリアとしての起業|会社員が辞める前に見る判断軸

会社員が独立前に冷静な判断軸を持つ重要性を伝える記事のアイキャッチ。
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起業は、経歴の空白をつくる賭けでも、特別な人だけのゴールでもありません。今の実務経験を誰かの課題を解決する仕事へ翻訳できるか、そして生活の基盤を守れるかを見極めて選ぶキャリアの選択肢です。

同じ起業という言葉でも、会社員を続けながら小さく始める事業と、融資を受けて設備や店舗を構える開業では、必要な資金も負うリスクも大きく異なります。退職届を出す前に、自分がどちらを目指しているのかを整理することが不可欠です。

目次

この記事の結論

  • 起業の実態は、元手や規模が小さい個人事業と、融資を受けて始める事業の二層に分かれています。
  • 融資を受けて開業した人の平均年齢は43.9歳であり、約8割が過去の仕事に関連する経験を生かして起業しています。
  • 開業後の総合満足度は約7割と高い一方で、事業収入への満足度は3割を下回っており、やりがいと生活の安定は直結しません。
  • 辞める前に、顧客の事前反応、生活費と事業費の分離、就業規則、再就職できるスキルの維持を確認する必要があります。

小規模な事業と融資型開業の二層構造

日本政策金融公庫の2024年度起業と起業意識に関する調査によると、2020年から2024年に起業した人の開業時組織は個人企業が90.2%を占め、現在の従業員数は本人のみとする回答が74.1%でした。開業費用についても「費用はかからなかった」が28.9%、「50万円未満」が36.5%であり、月商50万円未満が64.5%を占めています。起業時の年齢は29歳以下が37.2%で最多でした。

一方で、同公庫から実際に融資を受けて開業した企業を対象とした2025年度新規開業実態調査を見ると、平均像は大きく変わります。

開業時平均年齢は43.9歳で調査開始以来最高となり、40歳代が36.9%、30歳代が28.0%を占めています。開業直前の職業は正社員の管理職が41.1%、管理職以外の正社員が31.0%でした。

何より顕著なのは実務経験の長さです。勤務経験がある人は97.6%で平均21.1年、そのうち現在の事業と同じ分野の経験である斯業経験を持つ人は81.1%で平均15.3年に達します。選んだ事業の理由としても「これまでの仕事の経験や技能を生かせるから」が43.8%で最多です。

開業費用は平均975万円(中央値600万円)であり、資金調達平均1,219万円のうち借入が平均827万円(67.9%)、自己資金が平均279万円(22.9%)となっています。

どちらか一方の数字だけを見て「起業は元手なしで20代がやるもの」あるいは「600万円用意して40代で始めるもの」と一般化することはできません。

開業率・生存率と収入の実情

中小企業庁の2025年版中小企業白書 第8節によると、2023年度の開業率は3.9%、廃業率も3.9%でした。これは厚生労働省の雇用保険事業年報に基づく「雇用保険の適用事業所」を分母とした数値であり、雇用者のいない個人事業の全数は反映されていません。また、2024年の倒産は10,006件、休廃業・解散は約7万件であり、休廃業・解散した企業のうち黒字であった割合は51.1%でした。

生存率については、2023年版中小企業白書において創業後5年の企業生存率が80.7%と示されています。ただし、同白書ではデータベースの収録特性から実際よりも高めに出ている可能性があると注記されています。「数年で大半が潰れる」という極端な言説は公的統計と合致しませんが、生存していることと生活に十分な収入を得られていることは別の問題です。

満足度の内訳には顕著な乖離が見られます。2025年度新規開業実態調査において、融資を受けた開業者の「総合的な満足度」は74.8%、「仕事のやりがいへの満足度」は84.4%と高い数値を記録しています。

しかし「事業からの収入に対する満足度」は28.3%にとどまります。黒字基調は67.0%ですが赤字基調も33.0%存在し、週の労働時間が50時間以上の割合は49.8%です。小規模な起業調査でも黒字基調は74.0%に達するものの、課題として「売上の安定的な確保」が43.9%、「対価の低さ」が29.2%挙げられています。事業を継続できても、会社員時代と同等以上の報酬を安定して得られるとは限りません。

状況別に見る3つのキャリア選択肢

会社員が今後の働き方を検討する場合、転職、勤務しながらの起業(副業起業)、専業起業の3つに整理できます。

比較項目転職勤務しながらの起業専業の起業
収入の安定性毎月の給与が確定しており予測しやすい給与を維持できるが事業収入は初期は小規模成果が直接収入になるが軌道に乗るまで不安定
時間の自由度会社の就業規則や労働時間の制約を受ける拘束時間が長く余暇や休息の確保が課題働く時間や場所を自身で調整できる余地が大きい
主なリスク新しい職場環境や人間関係の不一致過重労働による体調不良や本業への支障安定収入、社会保険の会社折半、肩書の喪失
キャリアの継続性雇用市場における職歴として評価されやすい本業の職歴を維持しながら新たな実績を作れる実績や説明できる成果がないと再就職で評価されにくい
適した状況課題の原因が現在の勤務先や環境にある場合事業の需要を低リスクで検証したい場合退職前に顧客と生活費の見通しが立っている場合

日本政策金融公庫の調査では、起業に関心がありながら未着手の理由として「自己資金の不足」(44.3%)に次いで「失敗したときのリスク」(28.0%)が挙げられています。そのリスクの具体的内容は「安定した収入を失うこと」(69.8%)や「借金や個人保証を抱えること」(63.6%)です。

いきなり退職する専業起業だけが選択肢ではありません。自分の提供できる価値に買い手がつくかを確かめる段階では、雇用を維持したまま小さく始めるアプローチが現実的なリスクヘッジになります。

辞める前に実行すべき7つの確認事項

専業起業を視野に入れて退職を検討する場合、感情や意気込みだけで退職日を決めてはいけません。事前に次の7項目を確認してください。

  1. 自分の経験を具体的な課題解決として言語化できるか
    融資を受けた開業者の8割以上は過去の業務経験を生かして開業しています。職種名ではなく「誰の、どのような作業や意思決定を前に進められるか」を説明できる必要があります。
  2. 退職前にテスト販売や顧客へのヒアリングを実施したか
    開業時の最大の苦労として「顧客・販路の開拓」(49.9%)が挙げられています。独立してから営業を始めるのではなく、退職前に見込み客の生の声を聞き、少額でも対価を得る検証が必要です。
  3. 生活費と事業資金を明確に分離したか
    生活費の半年から1年分を確保したうえで、事業に必要な資金を別枠で見積もる必要があります。平均値に惑わされず、自身の事業モデルに必要な設備投資や運転資金を算定してください。
  4. 会社の就業規則と法的境界を確認したか
    厚生労働省の副業・兼業の促進に関するガイドラインでは副業を原則認める方向が適当とされていますが、競業避止義務、秘密保持義務、本業への労務提供の支障については就業規則等で制限できます。自社の規定が届出制か許可制かを確認してください。
  5. 世帯の家計責任と合意を整理したか
    起業意識調査では起業家の64.7%が主たる家計維持者です。融資開業者でも自身の定期収入が事業のみである人は53.3%に上ります。家族がいる場合は、収入が一時的に途絶えた場合の許容範囲を共有しておく必要があります。
  6. 万が一撤退した場合に再就職できる強みを残しているか
    起業した経歴そのものが自動的に評価されるわけではありません。「誰に何を売り、どのような数値を動かしたか」を言語化でき、元の職種や周辺領域へ戻れる市場価値を維持しておく必要があります。
  7. 週あたりの稼働時間を現実的に設計できるか
    融資開業者の約半数は週50時間以上稼働しています。副業で準備する場合も、本業の成果と健康を損なわない時間管理が前提となります。

なお、個人で事業を開始した際は、国税庁のNo.2090 個人事業の開業・廃業等届出書の定めに従い、開業した年分の確定申告期限までに所轄税務署へ届出書を提出します。青色申告の承認を受ける場合は、原則としてその年の3月15日まで(1月16日以降に開業した場合は開業日から2か月以内)に申請が必要です。

退職後の公的保険、年金、税金の切り替え手続きや、失業給付の受給要件については、管轄のハローワークや市区町村の窓口で個別条件を確認してください。

起業に向かないケースと避けるべき判断

次のような状況に当てはまる場合は、退職を伴う専業起業はいったん見合わせ、現職での準備や転職を優先する判断が賢明です。

  • サービスを提供する具体的な顧客像や、相手が抱えている困りごとを明確に言えない
  • 現在の勤務先の機密情報や特定クライアントの引き抜きを前提に事業を組み立てている
  • 開業初月からの売上で生活費全額を賄う資金計画になっている
  • 会社員生活からの逃避や自由への憧れだけが先行し、提供価値に対する値付けの根拠がない
  • 家族との合意形成や健康状態の確認を怠ったまま、退職日だけを確定させている

起業は、現在の環境を捨て去る逃げ道ではありません。会社員として培った知見や信用を、組織の外でも機能する資産へと変換する作業です。

まとめ

起業を検討する際に最初に行うべき行動は、退職の準備ではなく「自分の業務経験を欲しがる見込み客を1人探し、意見を聞くこと」です。
売る相手と提供価値が明確になり、生活の安全圏を確保できたとき、起業はキャリアの選択肢を広げる確実な一歩となります。

参考資料・出典

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この記事を書いた人

人事系コンサルタントとして20年、企業組織の課題解決や個人のキャリア構築に携わる。個人投資家としても20年の経験を持ち、ファイナンシャル・プランナー(FP)、知的財産管理技能士の資格を保有。
ライフアセットラボでは、「会社に依存しない個人の自立」を支援する情報を発信。人事コンサルティングで培った分析力と、投資経験による長期的な視点を生かし、副業、キャリア、資産形成、健康を人生の資産として捉え、多面的に考察します。一次情報と実体験を重視し、メリットだけでなく注意点も含め、読者が自分に合った選択を冷静に判断できる情報提供を目指しています。

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