個人事業主になる動機として代表的なものは「自由に仕事をしたい」と「収入を増やしたい」の二つです。
ただし、本業を離れて独立した人と副業として小さく始めた人では動機の優先順位が異なります。また、開業後に「働き方の裁量」は得られやすい一方で、「収入の増加」は満たされにくいという明確な調査結果が出ています。
この記事の結論
- 融資を受けて開業した層の動機は「自由に仕事がしたかった」(59.7%)が最多です。
- 週35時間未満で始める副業層の動機は「収入を増やしたかった」(47.9%)が最多となり、優先順位が逆転します。
- 開業後の総合満足度は74.8%と高いものの、事業からの収入に対する満足度は28.3%にとどまります。
- 開業届そのものに動機を書く欄はなく、文章化が必要になるのは主に融資審査用の創業計画書です。
- 動機を長く続く資産にするためには、気持ちの強さではなく「誰が対価を払う顧客か」と「売上が立たない期間の生活費」を事前に決めることが不可欠です。
根拠・背景
個人事業主の動機を読み解く際は、調査対象の前提条件を区別して確認する必要があります。
日本政策金融公庫総合研究所が公表した2025年度新規開業実態調査によると、公庫から融資を受けて開業した企業(開業後1年以内)の動機は次の順位となっています。
| 開業の動機(3つまでの複数回答) | 割合 |
|---|---|
| 自由に仕事がしたかった | 59.7% |
| 収入を増やしたかった | 44.9% |
| 仕事の経験・知識や資格を生かしたかった | 41.1% |
| 事業経営という仕事に興味があった | 35.7% |
| 自分の技術やアイデアを事業化したかった | 30.6% |
| 社会の役に立つ仕事がしたかった | 26.5% |
| 時間や気持ちにゆとりが欲しかった | 22.7% |
この調査対象は融資を受けて本格的な立ち上げを行った企業であり、開業時の形態は個人企業57.0%、法人43.0%です。直前の勤務先を退職した理由は「自らの意思」が89.0%を占め、現在の事業を選んだ理由も「これまでの仕事の経験や技能を生かせるから」が43.8%で最多でした。積み重ねてきた実務経験を土台に、自発的に独立した人が中心であることが分かります。
一方で、開業後の状態を見ると動機と結果のあいだに大きな落差が存在します。開業してよかったことに対する総合的な満足度は74.8%、仕事のやりがいへの満足度は84.4%に達していますが、事業からの収入に満足している人は28.3%にすぎません。
さらに、週の労働時間が50時間以上の割合は49.8%に上ります。自由を求めて開業しても、労働時間そのものが自動的に短縮されるわけではない点に注意が必要です。
状況別・目的別
動機の傾向は、事業に充てる時間や関わり方によって大きく分かれます。
一般の生活者を対象にした2024年度起業と起業意識に関する調査では、事業時間が週35時間以上の起業家と、週35時間未満のパートタイム起業家を比較しています。
| 項目 | 本業型(週35時間以上) | 副業・小規模型(週35時間未満) |
|---|---|---|
| 主な開業動機1位 | 自由に仕事がしたかった(52.7%) | 収入を増やしたかった(47.9%) |
| 主な開業動機2位 | 収入を増やしたかった(35.6%) | 自由に仕事がしたかった(32.4%) |
| 主な開業動機3位 | 経験・知識や資格(15.2%) | 自由に使える収入が欲しかった(21.5%) |
| 始めて良かったこと1位 | 自由に仕事ができた(56.5%) | 自由に仕事ができた(39.6%) |
| 直面している問題1位 | 売上を安定的に確保しづらい(43.9%) | 売上を安定的に確保しづらい(32.5%) |
| 開業時の個人形態割合 | 90.2% | 97.4% |
本業として週35時間以上を投入する層では「裁量や自由」が動機の中心になりますが、週35時間未満で関わる層では「家計や小遣いの補填」が先に立ちます。
動機の種類に応じた現実的な特徴は以下の通りです。
- 自由に仕事をしたい:意思決定の裁量は得られやすいものの、取引先の納期や顧客対応によって拘束が生じ、労働時間は長くなる傾向があります。
- 収入を増やしたい:成果が直接実入りになる可能性はあるものの、売上の不安定さや単価の低さに直面しやすく、最も不満が残りやすい動機です。
- 経験や資格を生かしたい:事業の軸として最も堅実ですが、保有スキルと市場の需要は別物であり、販路開拓の壁が生じます。
- 会社から離脱したい:退職のきっかけとしては自然ですが、誰のどんな課題を解決するかという事業内容が伴わなければ継続できません。
実践手順・次の一歩
動機を一時の感情にとどめず、人生の選択肢として成立させるためには、具体的な判断基準に落とし込む作業が有効です。
- 提供する価値の一文化:誰のどのような悩みを解消し、その対価としていくら受け取るのかを一行で定義します。
- 顧客候補の確認:知人や架空の顧客ではなく、実際に発注が見込める企業や個人の候補を3件以上リストアップします。
- 活動枠の決定:会社員を継続しながら週35時間未満の副業で検証するのか、退職して事業に専念するのかを切り分けます。
- 生活防衛資金の確保:事業からの売上が数カ月途絶えても生活が破綻しないよう、固定費の半年分以上の資金を準備します。
- 手続きの種別確認:税務署への開業届の提出にとどめるのか、金融機関からの融資を前提に計画書を作成するのかを整理します。
副業として小さく始める段階であれば、開業手続きは独立の宣言ではなく日々の試行錯誤と経理を正しく記録するための手段になります。
注意点・向かないケース
個人事業主になるにあたっては、制度面および事業環境における留意事項をあらかじめ把握しておく必要があります。
- 開業届の手続き自体に手数料や資本金の要件はありませんが、税務上の特典である青色申告特別控除を利用する場合は、複式簿記での帳簿作成など所定の要件を満たす必要があります。制度の詳細は国税庁の最新案内をご確認ください。
- 雇用保険の基本手当(失業保険)を受給中または予定している場合、個人事業の開業届提出が受給資格に影響を及ぼす可能性があります。管轄のハローワークへ事前にご相談ください。
- 売上の未達や取引先からの単価交渉など、資金繰りのリスクはすべて個人で負うことになります。生活基盤となる固定収入がない状態で、明確な顧客開拓の目途がないまま退職することは推奨できません。
よくある質問
Q. 個人事業主の開業届にはどのような動機を書くのですか?
税務署へ提出する「個人事業の開業・廃業等届出書」には、動機を記載する欄はありません。
開業届に記入するのは、納税地、氏名、職業、屋号、開業日、および具体的な事業内容を示す「事業の概要」欄などです。事業の概要欄には熱意や動機ではなく、「Webサイトの制作および保守運用」「店舗向け販促コンサルティング」のように第三者が事業内容を把握できる客観的な業務内容を記載します。
動機の詳細な記述が求められるのは、主に日本政策金融公庫などの金融機関へ提出する創業計画書です。この場合は、これまでの実務経験、事業を起こすに至った背景、自身の強み、ターゲット顧客を論理的に説明する必要があります。
Q. 「会社が嫌だから」という動機で開業するのは避けるべきですか?
退職のきっかけが職場への不満であっても、それ自体で事業の成否が決まるわけではありません。
実際、融資を受けて開業した人の89.0%は自発的な退職を選んでいます。問題となるのは、離職理由だけが先行し「誰に対してどんな価値を提供して売上を立てるか」という事業の具体策が欠けている場合です。現状への不満を契機にしつつも、実際の事業展開は自身のこれまでの経験や市場ニーズに基づいた計画へ置き換える必要があります。
まとめ
自由に働きたい、収入を増やしたいという動機は、個人事業主を志す人にとって自然な動機です。
ただし、自由は裁量として比較的得られやすい一方で、収入は事業が軌道に乗るまで満たされにくいという現実があります。動機を確かな選択肢へ育てるためには、独立を焦る前に、まずは副業として小さく顧客を見つけ、売上が立たない期間を乗り切る生活基盤を整えることから始めてください。
参考資料・出典
- 日本政策金融公庫総合研究所:2025年度新規開業実態調査
- 日本政策金融公庫総合研究所:2024年度起業と起業意識に関する調査
- 日本政策金融公庫:創業計画書様式・各種資料
- 国税庁:国税庁公式ホームページ

